宮崎神社めぐり
MIYAZAKI SHRINE TOUR

吾平津神社

Ahiratsu Jinja

所在地: 宮崎県日南市材木町9-10

御祭神: 吾平津比売命

ご利益: 家内安全、開運招福、厄除け

和銅2年(709年)創建と伝わる油津の古社で、神武天皇の妃・吾平津比売命を祀り、「乙姫さま」と呼ばれ親しまれてきました。神武天皇が東征に旅立たれた際、この地に留まった妃が道中の安全を祈り続けたという故事が残ります。江戸時代には飫肥藩主・伊東家の崇敬を受けた飫肥十一社のひとつです。交通安全・航海安全・商売繁盛などのご利益で信仰されています。

残った妃と、港町の祈り

神武さまものがたり 第五章

「ご成功を、ここで祈る」

『日本書紀』は、若き神武さまが日向の吾田の吾平津媛(あひらつひめ)を妃に迎え、御子の手研耳命が生まれたと記します(『古事記』では阿比良比売)。皇宮屋の宮で、ともに暮らした妃です。鵜戸山はかつて吾平山と呼ばれ、この港町・油津の名も媛の名に由来すると伝わります。

『古事記』『日本書紀』は、東への旅立ちのあと、媛がどうしたかを語っていません。油津の言い伝えでは、媛は旅には同行せず、この地にとどまって夫の成功を祈り続けたといいます(ともに旅立ったという話もあります)。

吾平津神社は、港町油津の堀川運河沿い、堀川橋のたもとに建ち、地元では親しみを込めて「乙姫神社」と呼ばれています。もとは海の女神・乙姫をまつる社で、明治維新のあと、神武天皇の妃にちなんで吾平津神社と名を改めたと伝わります。

一方の皇子は、日向の北・美々津の港から、いよいよ東へ船出したと伝わります。長い旅のはじまりの港をたずねましょう。

境内で出会える、物語の舞台

  • 堀川橋(乙姫橋):明治36年(1903年)に石工・石井文吉が架けた石橋で、運河を渡る道と神社の参道を兼ねています。長さ21m、現存する石橋では南那珂地区で最大。国の登録有形文化財です。
  • 猿と雉の像:参道には、乙姫とともに語られることのある猿と雉の像が並び、「乙姫神社」だったころの面影を伝えています。

物語のつづき:皇宮神社(前の章:丘の上の宮居) / 立磐神社(次の章:美々津の船出)

神武さま 生誕から船出(神話モデルコース)でめぐる

物語は『古事記』『日本書紀』の伝承と、吾平津神社の由緒(宮崎県観光協会・日南市・観光庁の解説文などの紹介)をもとに当アプリがまとめたものです。

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