Kushima Jinja
所在地: 宮崎県串間市大字串間1410
御祭神: 彦火火出見尊ほか十二柱
ご利益: 家内安全、開運招福、厄除け
彦火火出見尊(山幸彦)を主祭神とし、ほかに十二柱の神々を祀ることから、かつて「十三所大明神」と称された串間の総鎮守です。主祭神が獲物の多いこの地を狩場として通われた仮宮の跡を祀ったのが始まりと伝えられ、永禄6年(1563年)の記録にもその名が残る古社です。例祭は11月13日・14日。毎年2月19日・20日には、五穀豊穣を祈願する春の神事「ねたろう祭」が行われます。季節の花々で彩られた手水舎や、月替わりのデザインの御朱印も人気を集めています。交通安全・縁結び・金運上昇などのご利益で信仰されています。
海幸山幸ものがたり 外伝 その二
「年に一度、姫に会いに」
山幸彦(彦火火出見尊)は、瓊瓊杵尊と木花開耶姫のあいだに生まれた神で、神武天皇の祖父にあたります。その名のとおり、山での狩りを得意としました。海の宮で結ばれた豊玉姫は、陸で御子を産んだのち、海と陸のあいだの道を閉ざして海へ帰ってしまいます。『古事記』には、それでも夫を慕う姫の歌と、「鴨の寄る島で共に寝た妻のことは、生きているかぎり忘れない」と返した山幸彦の歌が残されています。
串間神社の由緒によれば、獲物の猪や雉が多いこの地は、山幸彦が笠狭の宮から通った狩場でした。その仮の宮は「穂穂宮(ほほのみや)」と呼ばれ、宮の跡を祀ったのがこの社のはじまりと伝わります。主祭神の山幸彦のほか十二柱の神々を末社に祀ることから、かつては「十三所大明神」と呼ばれ、野辺氏や島津氏をはじめ代々の領主に大切にされてきました。1872年に今の串間神社に名を改めています。
春の大祭「祈年祭」は、毎年2月20日ごろに行われます。このとき、山幸彦は年に一度だけ、豊玉姫に会いに行くのだといいます。山幸彦の御霊を移した神輿は神社を出て町を練り歩き、豊玉姫を祀る女躰大明神(太郎若宮大明神)のある屋治地区へ向かいます。豊玉姫の出産の物語にあやかる祈りが、やがて豊作の願いと結びついたとも考えられています。秋には11月13日・14日に例大祭が行われ、巫女舞や獅子舞、和太鼓が奉納されます。
海へ帰った豊玉姫が残した御子・鵜葺草葺不合命は、やがて姫の妹・玉依姫と結ばれ、神武天皇の父となります。その誕生の物語は鵜戸神宮(第三章)から、そして「神武さまものがたり」へと続いていきます。
物語は『古事記』『日本書紀』の伝承と、串間神社の御祭神・御由緒・年間の祭りをもとに当アプリがまとめたものです。