宮崎神社めぐり
MIYAZAKI SHRINE TOUR

皇子原神社

Ojibaru Jinja

所在地: 宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田3-251

ご利益: 家内安全、開運招福、厄除け

神武天皇御降誕の地として顕彰されている。

高台の産屋に生まれた、末の皇子

神武さまものがたり 第一章

「なお、東へ行こう」

鵜戸の洞窟で生まれた鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)は、叔母の玉依姫に育てられ、やがて二人は結ばれました。『古事記』によれば、二人の間には四柱の御子が生まれ、その末の子・若御毛沼命(わかみけぬのみこと)が、のちの神武天皇(神倭伊波礼毘古命)です。

高原町の言い伝えでは、昔は家とは別に産屋を建てる風習があり、ウガヤフキアエズは守りの堅い高台・皇子原に産屋を建てたといわれます。皇子原神社にまつられた「産場石(うべし)」は、神武天皇がお生まれになった場所、あるいは産湯をつかわれた場所と伝えられています。

幼いころの名は「狭野尊(さののみこと)」。『日本書紀』は、これを年少のときの呼び名と記しています。地元では、皇族の幼名には生まれ育った土地の名をつける慣わしがあったとされ、すぐ近くの狭野の地名が、その名の由来と伝わります。

成長した皇子は、日向の高千穂宮で兄の五瀬命と語り合い、「どこにいれば天下を平らかに治められるだろう。なお東へ行こう」と心を決めたと『古事記』は伝えます。東への長い旅は、ここ日向から始まりました。

境内で出会える、物語の舞台

  • 産場石(うべし):神武天皇がお生まれになった場所、あるいは産湯をつかわれた場所と伝わる石です。
  • 皇子原公園:神社を囲む公園。散策路沿いに古墳や古代の住まいを再現した建物があり、秋には約300万本のヒガンバナが咲きます。

物語のつづき:鵜戸神宮(前の章:父が生まれた洞窟) / 狭野神社(次の章:幼名「狭野尊」の地)

神武さま 生誕から船出(神話モデルコース)でめぐる

物語は『古事記』『日本書紀』の伝承と、高原町に伝わる言い伝えをもとに当アプリがまとめたものです。

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